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日吉圭の時事寸評
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真に輝かしい未来を引き寄せるためには、まず偽善を語るのをやめて、現代日本社会が抱えている闇の部分を真剣に見つめ直さなければなりません。その助けにならんとします。
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玉虫色の言を吐く謎の老人の言わんとする所

2018/06/22 12:56
【OCNブログ人アマがえるブログ記事を転載します(文責・日吉圭)】


2013年7月17日の朝日新聞デジタルによると、

福沢諭吉が良いことを言った。「立国は公にあらず私なり」。

何とかしなかったら日本が沈んじゃうぞ。

シナの属国にしたくない。

チベットみたいにしたくない。

そのために何をするかを考えることは、実は皆さんにとって一番大事な私事だと。

過去の先輩はそういう気持ちでこの国をつくってきた。

せっかくつくった国を日本の役人が滅ぼそうとしている。

役人に使われた自民党がだめにしようとしている。

福沢はもう一つ言っています。

「独立の心なき者、国を思うこと深切ならず」。

「オレがやるんだ」という気がない人間がいくら国政を論じても、薄っぺらで本当に切々としたものではないと。

先輩たちがこれだけの国を作った。

その気概をもう一回、思い返してこの日本を立て直しましょう。(東京・蒲田の街頭演説で)



さて、日本維新の会共同代表・石原慎太郎氏は不思議な人である。


いつももっともらしいことを言って、保守派穏健層の心を掴んでしまう。


しかし、彼の勇ましい言葉の群れが、彼の勇ましい行動によって担保されたことは筆者の記憶によればない。


そして「一体彼は何を言わんとしていたのだろう?」と、いつも後で首を傾げさせられる。


まず日本の官僚が駄目になっているのはそのとおりで、政治家が多くの場合、官僚のいいなりというのもよいだろう。


だがそれは現行の日本国の官僚機構の中に、イルミー結社の糸がしっかりと通ってしまったからそうなる。


では石原慎太郎という男は、このアマがえるブログ同様、イルミーたちの神経を逆なでしてまで、日本に本来の政治を取り戻そうとしているのか?


そうではない。


いや、それどころか、彼の所属している日本維新の会は、日本を属国化して国民を奴隷化せんとするイルミー本部の意向に極めて忠実な党であることは、結党以来のさまざまな言動で証明済みである。


結局彼の言いたいことを予想すると

「日本は衰退一方の経済力を活性化しないと、どこかの属国にされてしまう。

また、日本に投資したいという国は世界中に溢れているのだから、それらを呼び込んで投資させればよく、すると経済は活性化し税収は増加する。

だからカジノを手始めにそれをなせばよく、そのエネルギーが自分を総理の椅子に押し上げてくれるだろう」


ということになるのではないか?


もしそうなら、彼の言っている子憎たらしい官僚とは、「日本国が外人に蹂躙されないように、各種規制によって野放図な経済活動を禁止している官僚」ということになり、彼らこそ「国を思うこと深切なる官僚」と言えるのではないか?


例えるなら、日本中の水源地に、世界中の投資を呼び込んで、結果、土地を支配され、水を支配され、農業を支配されたら、その投資額が、また資本市場で巨大資金を運用する外人のよき心象が、日本がシナやチベットのようになることを免れさせてくれるというのか?


まったく気が狂いそうになる。


そもそも、慶応大学を創始した福沢諭吉とは、日本に慶応閥と共に抜きがたいイルミーの糸を張り巡らせた、とんでもない偽善者兼売国奴であった可能性のある人ではないか?


まだ彼のその側面に研究のメスが入ったことはないが、叩けば十分埃のでる人だと思う。


また、彼の言う「立国は私なり」とは、「自分たちの人脈を栄えさせて、日本に力をつけてしまえばよい」ということで、つまり「西洋の手先となっていち早く富を手にして、その自分たちの人脈が日本において相対的にそして一時的に力を持てばそれでよい」ということを言っているのではないか?<1879>
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イルミーに捧げる詩(再掲)

2018/06/21 20:08
〈アクセスログから解析する限り、当記事は閲覧妨害を受けた可能性が高いので、ここに再々掲します。閲覧妨害の痕跡が認められる限り、何度でも掲載します。by日吉圭〉


あなたはイルミーという地獄を知っているか?


その地獄に親の代から入っていて、当たり前に吸い込まれる者もいるが、多くは誘われて入るものらしい。


今をときめくロックバンドも、美貌の大女優もお仲間だと聞かされて、田舎者はバスに乗り遅れるなと、後先考えずに入ってしまうそうだ。


そして、入った当初は楽しいらしい。人間関係がボロボロになったこんな時代に、イルミーの中だけは暖かい風が吹いているように人は感じるものらしい。


いつも秘密の回線でつながった仲間がいて、自分は皆から好かれていると孤独な奴ほど身に染みて、嬉しくなるものらしい。


けれども、そこは地獄である。


長くイルミーに身を置いて、組織の階段を登り始めて、気がつくだろう。全ては見せかけだってことに。


それもそのはず、イルミーの武器二本柱は偽善と裏切りだ。


口先だけの嘘八百で他人を陥れ、破滅させる。また職場規律を裏切って機密を漏らしつつ、影で赤い舌を出している。


そんな集団に人情など育つはずもなく、誰も彼も道具として利用されているだけだ。


こんな子供でもわかる道理に人は気づかず、また気づいても気づかぬように、自分を訓練するものだ。


そう、イルミーのあなたはゾンビの群れに落ちた哀れな人間なのだ、もしあなたにまだ人間が残っているならば。


仮にありのままの真実があなたの眼に映ったら、震え上がらずにはいられまい。


しかし嘘の世界に馴染んだあなたにとって、何よりも恐ろしいのは仲間外れにされることだ。


誰からだって、ゾンビたちからだ。


虚構世界だと薄々わかっていても、孤独よりはましなのだ。


あなたは抜けようとした者がどんな目に遭うか知っているから、恐怖の縄で縛り上げられており、一生虚構世界の住人で満足するしかない。


そして、このみすぼらしい真実から目を背けるために、極めて傲慢になり、貧しく不遇なものを見下して、受けた恐怖を他人に転嫁しようとする。


我々というオロチに逆らったら、ただでは済まないぞと凄むのだ。


ああ、痩せさらばえたゾンビ疑似体よ、お前はただ迷惑なだけの自己肥大だ。


お前の精神の虚構が、この世界を汚し歪めているのだ。


イルミーの脳は逆転しているから、イルミーでない者が汚点に見えるのだが、脳をくるんと元に戻せば気づくはずだ。


あなたこそが汚点だってことに。


イルミーは要職を独占し、自分たちだけが才能を発揮できると誇るのだが、イルミーの誰一人として才能など有してはいない。


癌はどんなに蔓延っても、臓器を作ることはできない。


イルミーの誇るどれほど高名な学者であってもそうである。


そんなイルミーだけで、社会は作れない。


にもかかわらず、あなたはイルミーでない者を軽蔑し、逆らえば憎み、姑息な手段で陰から破滅させて恥じるところがない。


断言しよう、イルミーの世界にはひとかけらの愛も存在しない。


そんな場所で人は生きられないのだが、イルミーは嘘の世界に没入することで苦痛を回避する。


言い替えれば、イルミーは嘘の監獄に閉じ込められた囚人なのだ。


虚弱なあなたは、敢えて不愉快な真実を見つめる勇気などなく、一生嘘に浸ったまま死んで行く。


この世界の真実を知ることこそ、生きている大きな目的の一つだと言うのに。


つまりイルミーは、頭は惚け目も虚ろなヤク中と同じである。ゾンビな上に薬中毒なのだ。


だが不思議なことに、盲目のあなたは自分たちこそ世の真実に通じた支配者であると嘯く。


仕事柄親分の悪行を知っているので、悦に入っているのだ。


確かにイルミー幹部の悪知恵は大したものかも知れないが、それはあなた自身の知恵ではない。


あなたはと言えば、この世界を変えるどんな小さな力も持たぬ奴隷に過ぎない。何もかも親分の言う通りにしなければならぬ、何一つ自由意思を発揮できない哀れな奴隷なのだ。


それは違うとあなたは怒るだろうか。


仕事は任されており、各イルミーはそれぞれ自由意思を発揮していると。


違う。あなた方は誰でも出来る単純労働を、親分の機嫌を伺いながら、やらされているに過ぎない。


そもそも長年の奴隷稼業が身に染みて、人たる者の自由意思とは何かが、判らなくなっているに違いない。


ここで読者に、ある人がイルミーであるかどうか目安をつける有益な方法を伝授しよう。


頭がお金のことで一杯になっている人がイルミーの可能性があり、金など二の次で人生を楽しむ豊かな尺度を持っている人がイルミーでない。


頭が金のことで一杯の人は、やたら勝負にこだわるからそれと分かる。


イルミーは序列社会だから、構成員は常に自他を比較し、ある時は見下しある時は嫉み、決して満足を知ることがない。


それは、構成員が満足したら残忍で卑劣な仕事をやらなくなるから、常に蓄財の向上心を失わないようデザインされているのだ。


つまりイルミーは、階級を上げるほどに激しく憎み合い、ライバルから見下される惨めさから抜け出そうと切磋琢磨する。


ということは、例え資産数百億の大富豪であっても、その心性は乞食と同じなのである。


そもそも組織から疑念を持たれたくないから、金の使い道は知れており、自分の金というよりは親分の金だ。ならば、積み上げられた金に意味はなく、まるで毒入りと知るお菓子の家に住む子供のようだ。


満足出来ないならば無一文と同じで、ヤカンの水を飲み干しても一向に渇きが治まらない糖尿病患者と変わらない。


つまりイルミーになるということは、誰もが持つ幸福を溜める壺の底に、穴を開ける行為に他ならない。


その穴を塞ぐことは、組織から脱会しない限り不可能だが、およそ望むべくもない。


ということは、すべてのイルミーは不幸のどん底にいるのである。


さて以上のことを踏まえて、イルミーに加入することは、生きながら地獄に墜ちることに等しい。


そんな亡者のような連中が、われらこそ社会のリーダーだと吠えている。


また、自分たちに逆らう者に卑劣な集団ストーカー攻撃を仕掛け、苦しめつつどうだこれが世間だと吐き捨てる。


世間なものか。大口をたたく前に、まず鏡に映る己の姿を眺めて、自分たちが人間の屑でないかどうか自問自答してみるがよい。


集団ストーカー参加義務、つまりターゲットに対する攻撃的つきまといを行うため命じられた場所に駆けつける義務は、いかに高位のイルミーであっても免除されないらしい。


つまり、イルミーになるということはストーカーになるということと同じだ。


この義務から自由になれる年齢はない。すなわち、ストーカー義務は終身義務であり、髪が白くなっても、その時の持病がいかに疼こうが、断ることはできない。


仮に大病をしたとしても、その病気を口実にできるストーカー行為をやらされる。


そして、もしこの忌まわしい義務をさぼったと見なされれば、集団から徐々にいじめの標的にされていく。


ここで、その者がどれほど裕福であろうとも、どれほど社会的地位が高かったとしてもお構い無しだ。


そこには人間性は存在せず、人生の尊厳もない。(hiyoshikei030)
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経済同友会の臆面のなさが意味すること

2018/06/20 12:34
【OCNブログ人アマがえるブログ20130720記事を転載します(文責・日吉圭)】

2013年7月14日の産経新聞によると、経済同友会の長谷川閑史(やすちか)代表幹事らは13日、廃炉に向けた作業が続く東京電力の福島第1原子力発電所を視察した。

今月9日に死去した吉田昌郎(まさお)元所長の遺影の飾られた免震重要棟を訪れた長谷川氏は「逆風の中で、多くの方が使命感で取り組んでいるのは日本の強み。経済再生やエネルギーの安定供給には、原発がどうしても必要だ」と所員らを激励した。

長谷川氏らはその後、第2原発で、災害発生に備えた訓練などを見学した。

案内役を務めた東電の広瀬直己社長は視察後、柏崎刈羽原発の再稼働申請で焦点の地元・新潟県の泉田裕彦知事との再会談について、「今の時点ではわからないが、機会があればご説明させていただきたい」と表明。

国に対し、「申請のサポートをしてもらえればありがたい」と要望した。



さて、当ブログは「東日本大震災の際に生じた福島第一原発事故は、日米のイルミー勢力が連携して引き起こしたテロである」と説いてきた。


その日本におけるイルミーの最大の牙城の一つが、この経済同友会である。


つまり、連中は福島第一原発を計画的に破壊し、福島県民を地獄のどん底に突き落としていながら、そのガーゴイルの如き口で、抜けぬけと福島第二原発の再稼動を説いているのである。


それは円安に伴う石油燃料費の高騰を勘案して、東電の営業収支に配慮したが故の行動なのであろうか?


もちろんそうした側面もあろう。


しかし、経済同友会の東電贔屓な行動は、「イルミーの青写真に従って原発破壊という損害を受け入れ、テロの事実を隠蔽して事を荒立てなかったことを高く評価している」意思表明に他ならないと知るべきである。


つまり「よしよし、よく耐えた」と頭を撫でてやっているのであり、「我々イルミー勢力に従っている限り、例え今回のような未曾有の大事件を引き起こしても、それは穏便に処理され、従った者は最後に利を得る」と教え諭しているのである。


なんというおぞましくも教訓的な光景であろうか。

本来なら、危機管理が不十分で、多くの国民の健康・財産に多大な損害を齎した企業は、例えそれが東京電力のような大企業であろうと、その責めを負って倒産しなければ筋が立たないところである。


ところが、イルミーと一体の民主党政権は「原子力損害賠償支援機構」なるものを立ち上げ、災害を齎した企業が国家から青天井の融資を受けられるようにし、その費用は日本国中の電気会社の電気料金に上乗せして徴収することを可能にした。


つまり、「最も悪しき者」が決してその責めを一身に受けないようにし、その悪行のつけを日本中の善き者たちから均等に徴収する制度を確立させたのである。


これは言うまでもなく「次の原発事故の際に日本中の電力会社がイルミーのテロ計画に整斉と従い、異を唱えない」ようにするための制度と言え、「この制度の存在自体が、日本国内における次の原発事故の発生を明確に予言している」と言うことができる。


であるから、福島第二原発の原子炉が第一原発より少し新型のGE原子炉を使用しているからといって、それが事故を起こさない訳がなく、テロが原因で事故が起きる以上、丹念に災害訓練を実施しても意味がないのである。<1877>
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偽善追放のために国境を越えた連携を(再掲)

2018/06/19 11:08
【OCNブログ人アマがえるブログ 20110310記事を転載します(文責・日吉圭) 】


韓国は儒教の国と言われます。


しかし、韓国の宗教と言えばまずキリスト教であり、次に仏教です。


儒教は宗教としてではなく、日常生活を規律する規範倫理として深く根を張っています。


では、儒教とは何でしょうか?


儒教とは人倫の根本を正しく保つことが社会や国家の繁栄に繋がるという教えです。


中国の春秋戦国時代に孔子によって創始された儒教は、その後、漢帝国に国家学問として採用され、以後も諸王朝に重宝されました。


そして、さまざまな儒教の分派が生まれました。


では、韓国の儒教はその中でどのような位置づけになっているのでしょう?


韓国の儒教とは、中国の南宋時代に朱熹が創始した朱子学が李氏王朝によって国家学問とされ、それが民衆に浸透したものです。


朱子学とは儒教が尊ぶ「心」を理気二元論なるもので説明します。


「理」とは無色透明な知性であり、「気」とは人間本性なる「性」とともにその個人における表れ方である「情」を作り出す源であるとされます。


そして、「理」を体得することで人間は万事に対処出来る大本を形成出来るとし、それを「情」から分離して純化する精神修養を説くものです。


この朱子学における「心」の捉え方は、筆者とは全く立場を異にするものです。


筆者は、「心」なるものは脳の働きですが、それを左脳的な働きと右脳的な働きに分けて考え、「心」は主に右脳的働きによるところが大きいと考えます。


そして、「心」なるものを発露させる根本は人間の「魂」であると考えます。


そこで、筆者の視点から見れば、朱子学における「理」の過度の偏重は、左脳的論理を尊ぶ一方で「心」の発露における右脳的機能を否定するもので、受け入れられないものです。


つまり、朱子学における心の修養とは、心を粗末にして壊していることに他ならないのです。


それが心を大切にするという大義名分で行われるのですから、堪ったものではありません。


日本でも徳川家康によって江戸幕府の国家学問に採用された朱子学が、日本人の精神風土をどれほど汚したかいくら論じても足りない程ですが、それに深く覆われている韓国の精神風土を、それはその国独自の文化であるから尊重しなければならないと日本人は傍観していてよいものでしょうか?


儒教の始祖である孔子は、弟子の子路が衛で殺害され殺害者によって醢(ししびしお)にされた報に接して忌まわしく思い、家にあった醢を全て捨てさせたと言います。


ということは、孔子も醢(ししびしお)即ち人肉の塩辛を食べていたということではないですか。


そんな人間が作った学問など偽善性に満ちているのは当然です。


儒教の根本は、親子間の情愛は尊いので、国家と個人という親子関係の情愛も尊く、よって戦時に子供を兵士として捧げねばならないと説くものです。


一種の詭弁ですが、儒教は国家が一番に欲する兵隊を安定供給してくれる思想的背景を形成し、君臣長幼の序列を堅固にしたので、諸王朝に重宝されてきたのです。


この偽善性が形式主義を備えて増強されたのが朱子学なので、韓国において、例えば特権的地位を利用した性的虐待事件が日本の十倍近くも生じている背景となっています。


イルミーは日本より精神風土が偽善的な韓国を好んで根を下ろし、韓国のイルミー組織を軸として韓日の序列を形成して、心を尊ぶ日本文化を破壊しようと狙っています。



このような情勢下で日本人は今後も自らの心を保ちたく思うのならば、隣人の心も保ってあげなければなりません。


そこで、偽善性によって蹂躙されている韓国の人権を救うため、手を差し伸べねばならないのは当然です。


韓国では教授が学生と飲みに行く際には、教授の財布を痛めるのが畏れ多いので、学生たちが分担して教授の分まで払うといいます。


この話を聞いて呆れない日本人はいないでしょう。


教授は学生よりずっと豊かなのですから、弱者の学生に施してやるのが当然で、その順序が逆ならば、いかなる言を弄してもそれは詭弁と評されるしかないのです。


人間性を偽善から解放し、愛を倫理の柱とした社会を構築するためには、世界が共に手を携えて、当たり前のことを当たり前に論じていかねばならない時代にもう突入しているのです。<1320>
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麻生氏よ、この発言を機に猛省してください

2018/06/18 19:54
【OCNブログ人アマがえるブログ20130803記事を転載します(文責・日吉圭)】

2013年7月30日の京都新聞によると、麻生氏の発言要旨 麻生太郎副総理兼財務相の29日の講演における発言要旨は以下の通り。

日本が今置かれている国際情勢は、憲法ができたころとはまったく違う。
護憲と叫んで平和がくると思ったら大間違いだ。

改憲の目的は国家の安定と安寧だ。

改憲は単なる手段だ。

騒がしい中で決めてほしくない。

落ち着いて、状況をよく見た世論の上に憲法改正は成し遂げられるべきだ。

そうしないと間違ったものになりかねない。

ドイツのヒトラーは、ワイマール憲法という当時ヨーロッパで最も進んだ憲法(の下)で出てきた。

憲法が良くてもそういったことはありうる。

憲法の話を狂騒の中でやってほしくない。

靖国神社の話にしても静かに参拝すべきだ。

国のために命を投げ出してくれた人に敬意と感謝の念を払わない方がおかしい。

静かにお参りすればいい。

何も戦争に負けた日だけに行くことはない。

「静かにやろうや」ということで、ワイマール憲法はいつの間にか変わっていた。

誰も気がつかない間に変わった。

あの手口を学んだらどうか。

僕は民主主義を否定するつもりもまったくない。しかし、けん騒の中で決めないでほしい。



さて、改憲問題は大変ねじれた状況にあり、あからさまに口に出来ない様々な状況を踏まえた結果、麻生氏の発言はめちゃめちゃになってしまったと推測する。


まず、今日本の政党はそのほとんどが外国人勢力の傀儡と呼べるもので、麻生氏失言追及の急先鋒である民主党をはじめ、みんなの党、日本維新の党もそうであり、自民党は四面楚歌の状況にある。


その外国人勢力も日本の改憲を望んでいるが、それは日本の若者を世界中の戦場に派遣できるようにそれを改めるためであり、また基本的人権を定める民主主義の条文をなし崩しにしてしまいたいためである。


自民党政権はそもそも野党の協力なくして改憲は覚束ないとの認識の下、現憲法が内包する対米従属のくびきの条文を改め、日本国を真に独立させたいとの悲願があろう。


だが、その自民党政権も、今やその半分がイルミーであり、民主、みんな、日本維新の党と大合同する時を待っている状態である。


冷静に考えれば、こんな危なっかしい状況で改憲など覚束なく、乗ぜられて改悪される可能性が高い。


そして、麻生氏失言に噛み付いたアメリカのユダヤ系人権擁護団体サイモン・ウィーゼンタール・センターなどは、まさに虎視眈々と改悪のステップを待ち望んでいたものの雄であろう。


連中は日本に、真に独立した憲法を手に出来る夢を見させて、自民党を操り、結果自分たちが望む非民主主義憲法を制定させて、日本国の民主主義時代を終わらせようとしている。


さて、麻生氏の発言を好意的に解釈すると、「日本がその憲法を改良しようといかなる試みをなそうとも、民主党をはじめとする傀儡勢力が寄ってたかって足を掬うのは目に見えているから、喧騒の中でそれを行いたくはなく、そっと粛々とやってしまえばいいのではないか?」ということになろうか。


しかしそれは間違いである。


公明正大な議論を重ねた上での改憲でなくば、それは国民に周知されていないが故に、ドイツのワイマール憲法同様、その後いかようにも改悪されてしまう定めにある。


さらに筆者は、東日本大震災に乗じてあれほどの悪事を成したイルミー勢力を裁かずして、いかなる改憲もあり得ないと感じている。


まず、民主党幹部を手始めに連中を裁くべきであり、もちろん、その背後で糸を引いたアメリカを許してはならない。


そして、「日本独立」の夢は非イルミー勢力だけの悲願であり、決してイルミー勢力と協同して改憲が成し遂げられるとの幻想に浸ってはならない。


まず、TPPという悪しき幻想から覚め、連中から差し伸べられた偽善の握手を峻拒して、かつ闘い、その葛藤の中からこそ本物の改憲意思が誕生すると考える。<1880>
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野生動物の虐殺は日本文化破壊行為である(再掲)

2018/06/17 12:33
【OCNブログ人アマがえるブログ20131220記事を転載します(文責・日吉圭)】

2013年12月16日の京都新聞によると、福知山、舞鶴、綾部の3市が合同で、有害鳥獣として捕獲したシカやイノシシの処理施設を整備する。

現在、駆除した猟師らが自ら埋めて処理するのが一般的で、負担になっている。

駆除頭数が増える中、専用焼却施設を設けることで負担軽減や処理の迅速化を図る。

2014年度中に福知山市内に建設し、15年度からの稼動を目指す。山林の荒廃で里に出没出して農地を荒らすシカやイノシシは全国的に急増し、12年度に府内で発生した農業被害は5億円を超える。

害獣として駆除したシカやイノシシは計1万2千頭に上り、3市は府内で最も被害が多く、約5千頭を駆除している。

有害鳥獣は駆除した者が穴を掘って埋めるか、焼却しなければならない。

しかし、捕獲頭数が年々増える上、猟師の高齢化が進み、穴を掘ることが大きな負担となっている。

焼却するにしても細かく解体しなければ一般廃棄物の焼却施設では処理が困難だった。(中略)

施設は年間2700頭を処理する能力を持ち、建設費は約3億円を見込む。

国庫補助と3市の分担金でまかなう予定。

運営は福知山市が主体となり、国庫補助のない運営経費などは府が支援することも検討している。

福知山市林業振興課は「駆除した後どうするかという根本的な課題があったが、体制が整えば獣害対策も前進する」としている。(小川卓宏)



さて、何とも殺伐とした惨たらしい印象の記事である。


誰もが知覚しているように、この数年来異常気象は常態化し、異常の程度はますます高まっている。


それは夏の少雨と酷暑に象徴されていると感じるが、酸性雨や大気汚染による大規模なナラ枯れと相まって、山の実のなる木に大打撃を与え、その結果山の野生動物たちに飢饉を引き起こした
と考えられる。


山の動物たちにしても、人里の畑を荒らせば人間に殺されることは承知していようが、それでも生きるために一線を越えねばならなくなったというのが実情であろう。


記事はまるで「このところ野生動物が大発生したので駆除の必要が生じた」と思わしめる文体で綴られているが、果たしてそうだろうか?


異常気象が取り沙汰されたのはこの数年であり、野生動物は昆虫ではないのだから短期間に大発生したりはしない。


ましてや、食糧難の時に大繁殖はしない。


「人里の畑を荒らした結果、豊富な食物にありついたので、繁殖率が一気に高まったのだ」と言うのであろうが、人里に馴れた動物は速やかに駆除されるのが通例だろうから、繁殖どころではないだろう。


そもそも、駆除されているのは人里に出て悪戯をした野生動物だけではあるまい。


人家の周辺でおいそれと発砲する訳にもいかないだろうから、猟師は一部の個体が一線を越えたという理由で、山中深く分け入り、自然界で謙虚につましく生きているシカやイノシシまでも無差別に撃ち殺しているに違いない。


何と浅ましく、日本人の伝統・習俗から離れた行いをしていることか。


近年、日本各地の市町村役場にはイルミー構成員が繁茂し、まるで異国の役場のように変質しつつあると痛感する。


その彼らがかくなる野蛮を行うのは、単にその精神がエゴイズムに深く侵されたというだけではあるまい。


やはり海外のイルミー幹部たちが連中を駆使して、野生動物を殺させているのか?


それとも、かつて自民党を支えていた土木建築関連企業連の多くは、バブル崩壊後の混乱期にイルミー系列へと変貌していったと思われるが、それらがTPP後の日本において大規模な山林開発を伴って農業企業成りして、新時代の政権を支えるために、収益を損なう山林の野生動物を障害とみなして敵視し始めたのか?


いずれにせよ、浅ましくも惨たらしく、日本人離れして情のないこの動きを止めさせることはできないものだろうか?


ここで、学者たちには期待できない。


今や彼らはイルミー系列の偽善者たちに置き換えられている。


悲しいかな、学者たちがせっせと野生動物が大増殖しているように思わせる茶坊主論文を大量生産しているからこそ、この動きの背後にイルミーの策動があることを確信できるのだ。


彼らの中から、全体の流れに逆らってでも野生動物の苦境を証明してくれるはねっ返りが出現することなど到底期待出来ない。


そこで、山の動物たちを守るには、他ならぬあなたが声を上げねばならないことをどうか自覚して欲しい。


日本の里山文化は世界に冠たる水準にあり、奈良で見られるように、シカが街中で人間と共生している姿こそ、仏教国日本の精神性の格調高さを示すものである。


我々が世界から尊敬される所以を、自ら破壊するような愚行をなしてはならない。<1904>
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幼稚国家韓国との一切の経済交渉を中止せよ

2018/06/16 10:48
【OCNブログ人アマがえるブログ20130227記事を転載します(文責・日吉圭)】


2013年2月27日の読売新聞によると、【ソウル=門間順平】聯合ニュースによると、韓国・大田(テジョン)地裁は26日、昨年10月に長崎県対馬の寺社から盗まれ、韓国で見つかった仏像2体のうちの1体について、返還を当面差し止める内容の仮処分決定を出した。

問題の仏像は、観音寺(対馬市豊玉町)が所蔵していた県指定有形文化財の「観世音菩薩坐像」。

韓国中部・瑞山(ソサン)の寺が、像は14世紀に略奪されたものだと主張して、保管している韓国政府に移転禁止を求める仮処分を申請していた。

仏像は当初、国際法に基づいて日本への返還手続きが行われるとみられていたが、同地裁は決定で「観音寺は(菩薩坐像を)正当に取得したことを訴訟で確定させなければならない」などとした。



また日本経済新聞によると、菅義偉官房長官は27日の記者会見で、長崎県の神社や寺から盗まれ韓国で回収された仏像2体を返還するよう韓国政府に求める考えを示した。

「外交ルートを通じて国際法に基づき速やかに返還を求めたい」と述べた。韓国の地裁は仏像の日本返還を当分差し止める仮処分を26日に決定している。



さて、韓国が法治国家であるか疑わせしめる強烈な事例が出現した。


まず、対馬で盗難され韓国で発見された仏像につき、韓国の寺が「像は14世紀に倭寇に盗難されたものだ」と主張した。


そこまではよいとしても、あろうことか韓国の地方裁判所が、「像を返還して欲しければ、対馬の寺は像を正当な手段で取得したことを証明せよ」と判決を下したのである。


まったくこれほど酷い事例に接し、沸き上がる怒りを抑えるのは難しいが、まず、国際法に基づく盗難品の返還手続きは定まっているのに、韓国裁判所がそれを無視したことが問題である。


いかなる法であれどもその効力の及ぶ範囲があり、それは場合により土地に属したり人に属したりするのだが、二国間問題であるにもかかわらず、韓国裁判所は国際法に準拠せず自国法を日本の観音寺にも適用した形になっている。


これは、韓国が法治国家でなく法律が何か分かっていないのでなければ、日本国の裁判権を無視した越権行為に他ならない。



先日も韓国は、ソウルの日本大使館前に不法に設置された韓国人慰安婦の像の前に、杭を立てて侮辱の文言を晒した日本人を、彼が日本にいるにもかかわらず、自国で裁判を行って有罪判決を下した。


このケースも、法律につき全く無知でなければ、日本国の裁判権を無視した越権行為に他ならず、ゆくゆくは「全ての日本人が日本の法ではなく韓国の法に服する」と宣言したに等しい。


そもそも、長崎県の指定有形文化財で所在が確定している仏像を、日本国法を犯して持ち去った盗難行為が問題とされておらず、また大使館前に勝手に像を立てた不法行為が問題とされていない。


法を立てるに際して根本となる、正義の概念も公正の概念も、どうも韓国法には存しない。


こんな国と日本は今、日中韓FTA経済交渉を進めているが、日本政府も官僚も財界人も狂ったのだろうか?


こんな国とは、経済協定はおろか、国交すら結ぶことは出来ない。<1846>
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