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日吉圭の時事寸評
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真に輝かしい未来を引き寄せるためには、まず偽善を語るのをやめて、現代日本社会が抱えている闇の部分を真剣に見つめ直さなければなりません。その助けにならんとします。
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菅政権の売国的カラーを承継させるな

2018/12/10 17:28
【OCNブログ人アマがえるブログ20110826記事を転載します(日吉圭)】

産経新聞2011年6月21日の記事によると、東日本大震災で深刻な被害を受けた漁業の復興で、民間企業の参入促進の是非が焦点に浮上している。

宮城県では、村井嘉浩知事が、民間参入を促す「水産業特区」を提案。

これに対し、漁業権を守ってきた地元の漁協は猛反発している。

日本の漁業の競争力強化策として全国のモデルケースにもなる可能性を秘める一方で、漁業者には「漁場を荒らされる」との警戒が強い。

政府が漁業復興のビジョンを明確に示していないことも混乱に拍車をかけている。

「企業の参入で、投資資金の確保や後継者不足の解消、設備の近代化などのメリットが期待できる」宮城県庁で21日開かれた県と漁業関係者の協議会で、村井知事は、特区構想に理解を求めた。

現在の漁業法では、漁協しか漁場ごとに定められた漁業権の優先順位1位を持つことができず、漁協が拒否すれば、民間企業は参入できない。

特区では、地元漁業者でつくる法人や組合にも漁業権を持てるようにし、民間企業による出資や共同事業に道を開く。

構想では、再開に多額の資金が必要な養殖業を念頭に置いている。

これに対し、宮城県漁協の木村稔会長は協議会で、「先人が築き上げた権利の歴史を理解していない」と批判した。

村井知事は「ひざ詰めで話し合う機会をいただきたい」と懇願したが、木村会長は「強行するなら訴訟に持ち込む」と、かたくなだった。

漁協側には、明治時代から漁業権を持ち、漁場の管理や資源保護などを通じて守ってきたとの自負がある。

「もうからないと撤退する企業の論理と漁業は相いれない」(漁協幹部)との抵抗感も強い。

特区構想は村井知事が、政府の復興構想会議に提案したもので、近く菅直人首相に出す提言の骨子では、「民間資本の積極的導入」が盛り込まれている。

ただ、民主党の農林水産関係議員の多くは、漁業者に配慮し特区には否定的だ。

水産庁も「企業のノウハウを活用する視点は重要」(幹部)との声はあるが、地元の議論を見守る消極姿勢の域を出ない。

日本の水産業は漁獲量、漁獲額ともピークの約2分の1の水準に落ち込んでいる。



さて、これは少し前の記事ですが、菅首相の退任表明を受けてその負の遺産を承継しないようにこの問題をしっかり議論しておく必要があります。


売国的、火事場泥棒的色彩が鮮明となった菅政権が、壊滅的打撃を蒙った三陸漁業に対し、迅速な救援の手を差し伸べるどころか逆に特区構想を突きつけたというのは、彼らが原発テロを引き起こしたイルミーの忠実な下僕であることを証明しています。


まず漁獲高がピークの半分になっているといいますが、これは決して漁協の構造的問題によるのではなく、近年の魚群探知機の急速な性能向上に伴い、取りこぼしが少なくなり、見えるだけの魚を値こそぎ取ってしまうようになったからです。


このことは狩猟的漁業から育成的漁業への構造転換が必要であることを告げていますが、とりあえず現行の漁獲高にはセーブをかける方向性が求められていることから、漁協組織をより近代的、効率的なものにする方向性とは相入れません。


イルミーは食物を独占支配し、日本国民を完全な隷属状態においてから、徐々にその数を減らそうとしています。


漁協は合議制ですが、企業は独裁に馴染みやすく利益に簡単に転びますから、その影響力を駆使して漁協幹部を全て自分たちの息のかかった人間で占めようとしているのです。


これは近代化という仮面を被った日本文化の破壊行為であることがお分かり頂けると思います。


水産業特区など論外であり、漁業権売買などを提案する学者は直ちに日本国外に追放するべきでしょう。<1490>
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3月11日のあの時を想起する

2018/12/09 14:55
【OCNブログ人アマがえるブログ20110730記事を転載します(日吉圭)】


筆者はこの日晴れていて暖かかったので、京都の南方へ買い物に出かけていた。


そして、3時ごろ帰宅し、ふとテレビをつけて東北の大地震発生を知った。


それが3時15分である。


この時時計を確認したので間違いない。


NHKの緊急地震速報をずっと見たのだが、画面中央にいるアナウンサーがほとんど泣き声のような声で「急いで高台に避難してください」と連呼しており、画面右下には日本列島が、大津波警報が発令された海岸線を赤く示しながら点滅していた。


この時まだ津波の第一波は堤防を越えておらず、画面は仙台港や釜石港や福島第一原発をかわるがわる写していた。


津波の予想される最大高が4.1メートルであったので、筆者は津波は堤防を越えても海岸線の人家を床上浸水などで困らせるだけだろうと高を括っていた。


そしてこの時に筆者は、「何故福島第一原発などを頻繁に写すのだろう」と疑問に思った。


NHKが東北電力の女川原発も同様に写していたか記憶がないが、しかしはっきりしていることは、NHKが津波到来前、頻繁にかつ時間をかけて映していたのは福島第一原発だったということである。


同じく海岸線に位置し、震源地に近い福島第二原発は写していなかったように記憶する。


やがてアナウンサーは「大津波警報が改定されました」と血相を変え、予想最大高は6メートルに引き上げられた後、すぐに10メートル以上に引き上げられた。


6メートルに引き上げられた時点で、アナウンサーは10メートル以上の所まで波が来ていることは明らかですと言い、すぐに警報も10メートル以上に変更されたのである。


仙台港(釜石港?)で津波が堤防を越えつつあったが、突如画面は切り替わって、仙台魚市場や福島第一原発を写した。


筆者は堤防を越える波の勢いなど詳細を見たかったので、NHKが頻繁に画面を切り替えたことに立腹したのを覚えている。


そしていよいよ福島第一原発にも第一波が押し寄せたのだが、この時の映像は南の方角から遠目に波が一瞬はじけ飛ぶ映像を写しただけで、波がどのように原発施設を襲ったのか詳細が示されず、間が抜けていると感じた。


さて今になって思うに、NHKが福島第一原発を監視するカメラを設置していたのを、準備が良過ぎて出来過ぎだと感じる。


NHKが地震発生を事前に知らなかったとして、発生からわずか30分で福島第一原発を写す映像を準備出来たであろうか?


カメラは一台ではなく少なくとも二つ以上のアングルがあったと記憶するが、大地震発生と聞き、津波警報の最大値が4.1メートルの段階で、原子力発電所が危ないと考えるであろうか?


3時15分の時点で震源地は宮城県沖の一点に特定されていたが、近い女川原発を心配しても、遠方の福島第一原発が危ないと思うだろうか?


筆者はどうも、NHKは大津波が発生することを大津波警報改定前から知っており、福島第一原発に津波第一波が襲うリアルタイムの映像を、決して放映し損ねないように緊張していたのだと感じる。


だから彼らは、波が堤防を乗り越えつつあり、まだ人々が駐車場の車を動かそうとあたふたしていた仙台港らしき映像を切り替えざるを得なかったのだろう。


それとも「人が遭難する瞬間を写してはならない」というBPO(放送倫理協会)の内規に従ったのだろうか?


NHKが福島第一原発を津波が襲う映像を流したのは、もちろん引き続いて発生する原発大事故を日本国民がすんなり受け入れるようにするため、イルミーが固く申し渡していたからだろう。


津波第一波が福島第一原発を襲った時、NHKが遠目のぼかした映像しか示さなかったのは、電源設備などが綺麗さっぱり流されなかった場合も考慮して、詳細を写すのを恐れたのだろうか?


それとも原子炉の深刻な損傷は津波到来時ではなく、地震発生時に起きていたことが明らかになっているが、煙や爆発の痕跡等、余計なものを映して責任者の首が飛ぶことを恐れていたのだろうか?<1463>
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民主主義なのだから各党は独自候補を擁立せよ(再掲)

2018/12/06 19:08
【OCNブログ人アマがえるブログ20140204記事を転載します(文責・日吉圭)】

2014年2月2日の京都新聞によると、日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長が出直し選に踏み切る意向を固めた。

「僕らの存在意義」と心血を注いできた大阪都構想が停滞、民意のお墨付きを得て局面打開を図る狙いだ。

3年前の大阪ダブル選では圧勝したが、その後の国政進出や従軍慰安婦発言を経て人気が下り坂にある印象は否めない。

関係者は「選挙戦が盛り上がらず、独り相撲に終わるのでは」と懸念する。

「選挙に打って出て、大義を得る。関わり方はそれぞれ判断してほしい」。

1日の党大会後、東京都内のホテルで開かれた非公開の大阪維新の会緊急会合。橋下氏は出席者に宣言した。

「市長選一本で」と付け加えると、共に大阪府知事を辞任して出直し選を戦うつもりだった日本維新の松井一郎幹事長は「ちょっと待ってよ」と焦り気味に抗議。

「ダブル選はやめましょう。戦力的に危ない」と応じた橋下氏に、それ以上、反論する声はなかった。

「私はかたくなです。焦っています。辞任しますよ」。

橋下氏は1月30日、公明党関係者に早くも予告していた。

統一地方選が予定される2015年4月の「大阪都」移行に固執。

その是非を問うため、橋下氏は今年秋に大阪市民の住民投票にこぎ着けるスケジュールを描いてきた。

議論を加速させようと今年1月17日、大阪府市の法定協議会で特別区の区割り案絞り込みを提案したが、結論は先送りになった。

12年の衆院選で橋下氏は自ら、公明党の関西の6小選挙区候補を支援した。

その見返りに協力を得ようと最後の望みをかけて懇願したが、31日の法定協では公明党も含め、大阪維新以外の全会派が反対。(中略)

「自民、民主、共産、公明の全党を相手に、民主主義の戦いになる」。

橋下氏は既成政党相手の全面戦争を演出しようと躍起だ。

だが共産を除く主要政党は対立馬擁立に消極的。(中略)

一方、国会議員団は「西の乱」に距離を置く。

それよりも橋下氏が党大会で共同代表の辞任を示唆したことで、石原慎太郎共同代表との強力な二枚看板が失われかねないとの動揺が広がる。(中略)

すぐに辞任しない場合でも、出直し選で敗北すれば進退問題への発展は必至だ。

橋下氏が表舞台から去れば「東西」のバランスが崩れ、党分裂にも発展しかねない。

別の幹部は「市長選で負けたら日本維新も終わりに近づく」と言い切る。



さて、東京都知事選が事実上、イルミー連合の推す細川護煕(もりひろ)氏と自民党執行部が推す舛添要一氏の一騎打ちの様相を示す中、橋下徹大阪市長が急遽辞職して、出直し選に再出馬する意向を表明した。


彼の主張する大阪都構想の実現可能性が後退する中で、民意を問い、再信任を得た暁にはそれを反映させることを議会に強く求めるのだという。


ところが、共産を除く諸政党は対抗馬擁立を見送る可能性があり、このままでは恐るべく低い投票率で橋下氏が再選される可能性が高いという。


ところで、京都新聞はこの記事のタイトルに「民意に活路再び」と銘打ち、一面と政治欄で掲載された橋下氏の写真をいずれもカラーで報じる熱の入れようだ。


だが、心ある人はどうぞこのような時にこそ、民意を操作する対象としか見做していないイルミーの下僕たるマスコミ(新聞)の凶暴さを再確認してもらいたい。


当然のことだが、橋下氏が泡沫候補と決選投票して仮に勝ったとしても、民意が反映され得ない構造の選挙に民意が活路を見出すことはない。


その橋下氏たるや、昨年5月以来の従軍慰安婦関連発言と、彼が選任した区長と民間人校長から沸き出す不祥事の数々に、もはや市民から見放されて「馬鹿者」の烙印を押される寸前である。


彼が選んだ数少ない人士からセクハラ等の不祥事が噴出する様は、まるで積極的に悪人を登用したが如きで、それもそのはず彼らは「大阪市の統治権力簒奪を目指すイルミー構成員たちである」と当ブログは報じてきた。


ここで、もし仮に自分が選任した人物から一人でも人格破綻者を出してしまったなら、まともな市長なら自ら職を辞して退くところである。


ところが、彼はそうしないばかりか、破廉恥区長を数ヶ月減給しただけで職に留まらせた。


彼を「馬鹿者」と言わずして何と言おうか?


さらに彼は「いかなる軍隊も兵士の高ぶった欲望を処理する必要がある」とし、あろうことか沖縄駐留米軍に現地の性風俗活用を促した。


この男に、そのような場所で働く女性の悲しい気持ちに対する配慮が欠けていることは明らかで、これは彼の人格的欠陥を如実に示していると思われる。


もちろん、日本において性風俗産業は容認されており、アダルトビデオなどが巷に氾濫しているが、それらに従事する女性が自らを誇らしく思っているはずがないのである。


ある者は洗脳され、ある者は借金のかたにそのような仕事に従事しているのであろうが、これらは社会の未熟性・野蛮性の発露と言うべきで、ひとかどの大人ならば力を尽くして糺していかねばならない所ではないか。


それを公然と肯定して、世間の反発も憚らないこの男が考えているであろうことは、「東京都知事選で各党の台所事情が火の車であるから対立候補は立たず、6億円の選挙資金をちゃっかり手にすることができる」というもので、イルミーは皆そうだが、何とも火事場泥棒的な発想をするものである。


また彼は「この市長選で大阪都構想の是非を問うつもりはなく、都構想の説明書を作らせて下さいという選挙である」とある民放で述べ、「日本の学者で都構想の具体案を出せる人は一人もいない」と別の民放で公言していたが、何を言いたいのか分からない。


彼の発言を素直に解釈すると、「日本人の学者は誰一人都構想の良案を出せないから、巨額の選挙資金を使って外国の学者に良案を書いてもらい、それを実現していく」ということになりはしないか?


ならば彼は「税金泥棒」であると同時に「外人が大阪を統治する傀儡」ということになるが、大阪の歴史と無縁の外人が描いた青写真なんぞ糞食らえである。


あまりの橋下氏の愚劣な物言いに、「もしかしたら彼は気がふれてしまったのでは?」と思わしめる。


とにかく、大阪市民が忘れてはならないことは、橋下氏が「大阪の教育現場から日教組を叩き出す」と公言して当選させて貰っておきながら、いざ当選すると日教組や労組の有力な後ろ盾になったという事実である。


そこで、どのような形にせよ、1たび自分たちを裏切った奴を再選させたとあらば、大阪の名がすたる。


一方、大阪に取り付いた寄生虫の側とすれば「例え不正選挙を行ってでも、宿主から振り落とされてなるものか」と必死であろうが、絶対に吸口を離すはずのない寄生虫が何の因果か、自ら「辞職する」と宣言しているこのチャンスを見逃すことがあってはならない。


また、民主党の辻元清美議員は「意味のない選挙なんかする奴、ほっときましょう」と言っていたが、大阪市民はこの千載一遇のチャンスを絶対に放っておいてはいけないのであって、同じイルミー同士、貶すと見せて実はエールを送っている彼女の狡賢さを見抜かないといけない。<1917>
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大阪維新の会の本質をさらけ出した法定協議会経過報告(再掲)

2018/12/02 17:21
2018年2月22日ABCテレビ「キャスト」は、大阪府市が開いた法定協議会の結果を速報で伝え、大阪市を廃止して特別区を新設する「大阪都構想」において、大阪維新の会提案の4区案と公明党提案の8区案の二つに意見が集約されたと報じました。

元新聞記者コメンテーターの大谷明宏は「次の住民投票で大阪都構想が否決されたら、またやり直そうという話になるのではないか?そんな勝つまでジャンケンみたいなことをやっていたら、大阪は何をやっているのかと他の都道府県から白い眼を向けられるようになるのではないか?」と述べて、筆者を苦笑いさせました。

番組はさらに、「そもそも万博は市町村が喜ぶイベントであるのに、その市をなくしてしまってどうするのか?また、公明党が反対して住民投票をやめようと言えば大阪市は残ることになるが、公明党は今後どう動くのか?」と論じました。


さて、「勝つまでジャンケン」とはよく言ったものです。何度負けても「もう一回やらせて」と言ってジャンケンし続ければ、いつかは勝つときが来るでしょう。しかし、それで「勝った以上好きにさせて貰う」と言われたのでは溜まったものではありません。


そもそも、勝つまでジャンケンなど応じてはならないのです。にもかかわらず、その実現に協力している公明党こそ、この問題を影から支えている張本人であると指摘できます。


また、2月22日の日本経済新聞(インターネット)によると、大阪市を廃止して特別区を導入する「大阪都構想」の制度設計を議論する法定協議会(法定協)は22日、大阪府・市が示していた4つの区割り案のうち、市内24区を4区に再編する案に絞り込んで議論していくことを決めた。大阪維新の会が提案し了承された。導入コストが比較的低く抑えられる点や都市開発を進める上での効率性、災害への備えを重視した。

これまでに府市は、庁舎整備などの初期費用やシステム維持などの運営経費が低い4区案と、より市民に近い行政サービスに重点を置いた6区案を、隣接する区の組み合わせ方により各2種類に分けた計4案を提示していた。
4区の2案は初期費用が302億〜561億円、運営経費が年間39億〜48億円かかり、6区の2案はそれぞれ最大768億円、同62億円と試算。区ごとの収支見通しも、4区案の方が安定的に黒字化する時期が3〜4年早いとしていた。

維新は4案を財政面の利点から4区の2案に絞り込んだ上で、都市計画や防災上の課題を検討。新大阪駅周辺を効率的に開発できるほか、豪雨で淀川が氾濫するなどした場合、迅速な避難や情報伝達に対応できるとして、東淀川区や淀川区など淀川以北の現行区を1つの特別区にまとめた案が最も適切と主張した。

吉村洋文市長は同日の法定協で「議論を深めることが重要」と、制度設計をより具体化する考えを表明。今後、4区案を基に特別区を設置する時期や区名、区役所を設ける場所、区議の定数など詳細を詰める。
協議内容をとりまとめた後、総務相に報告したうえで「特別区設置協定書」を作成。維新府議の今井豊・法定協会長は終了後、早ければ6月末までに協定書がまとまるとの見通しを記者団に示した。

大阪の将来像についての議論を巡っては、府市と維新が今秋、都構想の住民投票実施を目指しているのに対し、自民、共産両党は橋下徹前市長時代の2015年の住民投票で否決された経緯を踏まえて反対の姿勢。公明党は市を残したまま24区を8区に再編する「総合区」の導入を求める一方、住民投票で都構想が否決されれば総合区に移行する方針を府市が示していることから、住民投票については反対していない。



さて、特にこの最後の部分を読んで何か違和感を覚えませんか?


当ブログは「大阪維新の会は夢洲埋立地にカジノを建設することだけを目指しており、住民投票でその実質的な支持を取り付けようとしている」と説いてきました。


その目的で2015年6月住民投票が実施され、「大阪市を廃止して、現行の24区から5区に再編成する」という大阪都構想は否決されました。


では、この住民投票で示された大阪市民の意思とは何だったのでしょうか?


それは、「大阪市は廃止しない」という部分だけだったのでしょうか?そうではないと思います。


大阪市民は、現行の行政区画である「区を再編統合する」という方針にも反対の意思を示したはずです。


ところが、どうも2月22日の府市の法定協議会の様子を見ていると、大阪維新の会は示された住民意思は「大阪市廃止反対」だけで、「前回の5区への再編統合案は否決されたが、新たな区再編統合案への反対意思を示すものではない」と勝手に解釈しているようです。


これは、大阪維新の会の早とちりなのでしょうか?手落ちなのでしょうか?


いえ、そうではありません。これはこの党が抱える闇の部分を如実に反映するものと考えられます。それをこれから説明しましょう。


そもそもイルミー組織は、何故橋下徹氏をマスコミの力で白馬の騎士に仕立て上げ、その人気をして大阪市長に据えたのでしょう?


それはもちろんイルミーにとっての抵抗勢力であった大阪市を牛耳らせるためですが、しいてはカジノを作らせるためです。


ここで少し話は飛躍しますが、世界統一という目的に向かって進んでいるイルミー組織は、現在の国境線を度外視した未来の広大な行政区画を想定しています。そして、そのそれぞれの地域にカジノを建設することを重視しています。


ここで笑ってはいけません。カジノを運営している主体は、紳士的な仮面こそ被っていますが、国際マフィアなのであり、イルミーの直属部隊なのです。


そのような者たちに一度土地を貸与してしまうと、もう返してくれとは言えなくなり、そこはまるで大植民地時代の租借地のようになってしまうでしょう。


すると、その地を梃子にして、イルミー組織は所属する行政組織に飴と鞭を活用した働きかけが可能になり、それでも従わない者に対しては実行部隊を繰り出して恐喝行為を直接行うことも可能になります。


もちろん、何よりもイルミー組織が重視するのは賭博行為から生じる収益ですが、そこには儲けに対する渇望というよりは「被統治民を裕福にしない」という悪意が秘められていることに注意すべきです。


民が豊かであればこそ地域文化が育ち、独自の個性が育ちます。しかし、それは民意を度外視した行政区画を想定するイルミーにとって、忌むべきものであり、将来の集団的反抗や反乱の火種に他なりません。


加えて、イルミー組織は日本民族を統治するにあたって、イルミナイズの程度が高い東京や神奈川といった大都市よりも、長年日本文化を担ってきた民度の高い関西地域、特に大阪を恐れています。


だからこそ、この地に深く寄生し、未来永劫その民度が高まらないように誘導したいのです。


大阪維新の会が夢洲に万国博覧会を誘致しようとしているのも、その反映でしょう。このイベントを、長年不況に苦しんできた大阪経済界はもろ手を上げて賛成しており、憲法改正に際して大阪維新の会の協力を取り付けたい安倍政権もまた、万博誘致を後押ししてきました。


《註・4月13日の毎日新聞(インターネット)は、安倍総理が自民党大阪府連に対し「大阪都構想反対」と明確に告げたことを報じました。


これを追い風にした大阪維新の会は、万博跡地におけるカジノ建設を半ば既成事実化し、テレビを通じてその青写真を何度も国民の目に晒しました。このようなやり方は、彼らの本質を克明に表すものです。


即ち、彼らは先の住民投票で示された民意を尊重する気などまるでなく、例え不愉快な事実であっても、チョイ見せを繰り返して刷り込んでいけば、住民意思を左右して受け入れさせることが出来ると考えているのです。


なんと大阪市民は、連中に見下され、舐められていることでしょう。


大阪を巡る今までの経過を観察してきて、ほぼ確実に言える事は、大阪府組織は既にイルミナイズされている(重要ポストのほとんどがイルミーに握られている)ということです。


ここに至るまでの過程で、大阪府と大阪市の相克は熾烈化したでしょうし、これは府市それぞれにおいて膨大な額の無駄な公共投資を引き起こす要因となったことでしょう。


もちろん大阪市民はこのことに辟易していますが、あろうことか「ならば大阪府に全てを委ねるしか道はない」と思い込まされようとしています。


それにしても、長寿をテーマにした万博など失敗に終わるのは自明のように筆者には思われますが、そこは大阪維新の会にとって織り込み済みで、跡地がカジノになりさえすればそれでよいのでしょう。


これが、イルミー大本営の意思を反映しているからこそ、有力な対抗馬であったフランスのパリは身を引いたのです。


さて、話を戻しますが、この問題の本質は、大阪市という名称が残りその長の選挙が行われるかどうかではありません。


イルミーにとって最も重要なことは、大阪市に対する大阪府の優位を確立することであり、それさえ実現すればカジノ建設は実現できます。


この目的のために、彼らは2度目の住民投票をこの秋に計画しています。


ここで、彼らがもう一度正しく大阪市民の民意を問おうとしているとは限りません。チョイ見せを繰り返して刷り込んでいけば民意などどうにでもなると考える連中のことです。何をするか分かりません。


ABCテレビの「勝つまでジャンケン」という言葉に腹は立ちますが、連中は「もう一度ジャンケンをしてくれるほど誠実な存在なのでしょうか?」


もし、次も負けてしまったら、カジノ建設が相当難しくなることを彼らは熟知しています。


そこで思いついた作戦は、「住民には形だけのジャンケンをさせてやってもよいが、その勝敗に関わらず、目的は既成事実化して遂げてしまおう」というものです。


日本経済新聞(ネット)の記事の最後の部分が、連中の腹の内を暴露しています。


大阪市の現行区を、4区であろうが8区であろうが統合してしまうと、イルミーにとってまだ抵抗勢力である区を連中の勢力図に取り込むことが出来るのだと考えられます。


そうして、実質的な抵抗勢力さえ消滅してしまえば、後は市の名称が残ろうが残るまいがどちらでもよいことになります。

イルミーは一度押さえた権力の椅子を決して仲間以外には渡しませんから、完全にイルミナイズされた大阪市の市長だけ抵抗勢力となったとしても、構成員が一致協力してサボタージュし、その者に仕事をさせないように出来ます。


日経新聞記事は、大阪維新の会の4区案が住民投票で否決されても、公明党の8区案に自動的に移行させる彼らの方針を明確に伝えていますが、これでは住民はジャンケンで何を出そうと負けるということです。


何と非民主的なことを思いつく連中でしょう。


連中というのは、大阪維新の会だけを指すのではありません。公明党は実質的にこの問題を支配するフィクサーであり、今まで当ブログは正面切って論じることを控えてきましたが、これで公明党も列記としたイルミーの一角であることを自ら示したことになります。


ところで、大阪市の現行区を整理統合しなければいけない必然性が一体どこにあるというのでしょう?


もし必要があるなら、どうして大阪維新の会はそれを説明しないのでしょう?


大阪23区が東京24区と比較して細分化され過ぎているということはなく、現行のままで何ら支障はないはずです。


むしろ、彼らの言うままに区を統合してしまったら、今後住民サービスの質が大幅に低下することが予想されます。


ちょっと考えただけでも、遠く離れた新区役所に行くことが大変な面倒であることを指摘できます。


ですが、それどころではなく、全ての区が完全なイルミー支配に屈することによって、恐らく残っていた大阪行政の良心の最後の一滴すら消滅してしまうだろうと筆者は危惧します。


大阪市を残存させるのであれば、現行区を統合する必要はありません。


そこで、次なる住民投票は、「大阪の区を統合して大阪市を消滅させる」のか、「現行のまま変化を加えない」のか、二者択一の形で民意が問われなければなりません。


意思決定の選択肢に人為的な操作を加えることによって、火事場泥棒のようなことをさせてはならないのです。


しかし、思い返すに、大阪市長まで大阪維新の会の人間にしてしまった先の市長選が悔やまれます。


どうして、府知事と市長の両方を一つの党に握らせてしまったのでしょうか?


いかんせん、松井一郎氏の浪花節っぽい顔に騙されてはいけません。今その行いをこそ、冷静に分析しなければなりません。


大阪維新の会は、大阪市民に対して、かけらの愛情も有してはいません。有していたなら、今回のようなことはしません。大阪市民を「こいつらは頭の悪い木偶だ」と見下す以上のものはないのです。


そして、公明党も酷いものです。選挙民の分布を考えて、「公明党が末永く支配できる地域を作らせてやる」と鼻先にニンジンを吊るされたのでしょうが、大阪市民を欺くペテンに加担した罪は軽くありません。


そもそも、事の始まりから全ては狂っていました。それは「大阪都構想」という実体のないネーミングに象徴されています。


この言葉は、東京都に対してコンプレックスを抱く大阪市民に「大阪も都に昇格させてやるぞ」と魅惑する以上の意味は何もないのです。


意味がないからこそ、その定義を弄くることができ、今回のようなことを引き起こす土壌となってしまったのです。


考えてみてください。日本に都は二つ要りません。あれば、南北朝鮮のように国が分断されてしまいます。つまり、「都に昇格」と言っても、実質的果実は何もないのです。


そこで、「大阪都構想」という言葉は、「イルミーが盗った大阪府に何もかも牛耳らせて頂戴、そしてカジノも作らせて頂戴」と読み替えるべきです。


「馬鹿野郎」と言いたいところですが、溜息しか出ません。(hiyoshikei033)
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相模原障害者殺傷事件の背景をなすイルミーの黒い野望(再掲)

2018/11/29 22:52
イルミーが世界中でデフレ時代を継続させているのも、次々と残虐なテロを引き起こしPRSの手法(問題‐反応‐解決)で人権抑圧的な社会変革を試みているのも、将来に彼らの望む監視密告型社会を形成するためであると当ブログは説いてきました。


ならば、戦前の憲兵制度のようなものが存在して、イルミーの敵を特別な場所に収容し、拷問して転向を迫るようなことができたら、連中にとって都合がよいのではないでしょうか?


今の世にそのような施設は存在しないとあなたは笑うでしょうか?


否、イルミーは既存の施設を邪悪な意図で隠密裏に悪用することで、その目的を達しようとしているので注意が必要です。


2016年9月3日の京都新聞によると、「全国の医療機関の精神科医100人前後が、精神障害がある患者の強制入院の要否を判断する「精神保健指定医」資格の不正取得に関与した疑いがあることが2日、厚生労働省の調査で分かった。

指導した医師もいるという。相模原の障害者施設殺傷事件で逮捕された植松聖容疑者(26)の措置入院の判断に関わった医師一人も含まれている。

同省は医師らから弁明を聴く聴聞を実施しており、背景などを詳しく調べるとともに、医道審議会を開き処分を決める方針。

昨年4月聖マリアンナ医大病院(川崎市)の医師11人が、診断や治療に十分に関与していない症例を使って精神保健指定医の資格を国に虚偽申請し、不正に取得した問題が発覚。

厚労省は過去5年間に資格申請した医師のリポートの調査を進めてきた。その結果、同じ患者の同一期間の症状を扱ったリポートを多数確認、診療記録などを精査し、治療に十分に関わった痕跡がないケースが判明した。

指導医が十分にチェックしていない疑いのある事案も見つかった。

同省によると、相模原の障害者施設殺傷事件では、容疑者の緊急措置入院と措置入院を巡る手続きに4人の医師が関与。

入院の必要性の判断を担当した3人のうち、1人に資格不正取得の疑いがある。

ただ事件に関する同省検討チームのこれまでの会合では、措置入院の判断自体に問題はなかったとの意見が委員から出ている。チームは今月、事実関係の中間報告をまとめる方針。(後略)」



さて、イルミーは自分たちの組織の存在やその悪行を暴露する人間に対して、精神病患者のレッテルを張り、社会的生命を絶つと同時に、多大な肉体的精神的苦痛を課そうと企んでいるようです。


「まさか、幾らなんでも今の世でそれは不可能だろう?」と読者は言うに違いありません。


しかし、これは杞憂ではないのです。その訳を説明します。


ところで、相模原で起きた障害者施設大量殺傷事件についてはご記憶のことと思います。


上の記事は、植松聖容疑者の措置入院を巡る判断に精神保健指定医資格を不正取得した医師が関わっていたことを示しています。


「それがどうしたのか?彼を措置入院させた判断は正しいではないか?」と読者は仰ることでしょう。


その通りです、しかし、彼をたった1ヶ月で退院させた判断についてはどうでしょうか?同じ医師が関与しているのではないでしょうか?


当ブログは上の記事で報じられた全国での不正資格取得医の大量発生が、イルミーの策動であると断言します。


恐らく、全国でイルミー精神科医に対して精神保健指定医資格を取得するようにイルミー組織から大号令がかかり、既に指導的地位にあったイルミー精神科医が安易にその資格が得られるように不正取得の道を開いたのだと思われます。


では何故、イルミー精神科医は措置入院指定医にならねばならないのでしょうか?


その理由は、イルミー組織の存在について気づき、その意図を暴く者が社会に増えてきたので、それを抑圧するため、連中が恐怖社会の構築を急いでいるからだと思われます。


それにしても既存の社会システムを使って、いかなる手段でその目的を遂げようとしているのでしょうか?


その仕組みを説明しましょう。


まず、イルミー組織はその強力な敵に対して、あらゆる盗聴を仕掛けてその弱点を探り破滅させようとします。


しかし、それが困難な敵には、その構成員たちを使って集団ストーカーを仕掛けます。


不特定多数の人間による継続したつきまとい(集団ストーカー)の目的は二つあります。


一つは、その敵(ターゲット)がどのような人間と会っているか、交友関係を完全に把握せんとするものです。


イルミーは常に、単独に見える敵が実は巨大な敵集団の一味であることを畏怖しています。


その可能性を調べるために集団ストーカーが利用されます。


ここであなたは、「今や様々な通信手段が存在するのだから、実際に会った人間だけを完全に把握しても、幾らでも抜け道はあるではないか?」と笑うかも知れません。


いえ、イルミー組織にとって、電話、携帯・スマホ、パソコン(インターネット)、デジタルテレビによる通信はもはや脅威ではないのです。


彼らはターゲットに関してそのすべてを簡単に盗聴できます。


彼らにとって恐ろしいのは、偶然に見える第三者との出会いだけなので、人間の網をかぶせてターゲットの社会からの隔離を試みているのです。


筆者と第三者との会話において、ストーカーの失礼極まりない強引な立ち聞きと、あまりにも不自然な会話への乱入が彼らの意図を明瞭に示すと同時に、ストーカー全員が組織の意図を理解して動いていることを示しています。


二つ目の目的が今回の話題と関わるものです。


集団ストーカーの次なる目的とは、「ターゲットの社会的生命を絶つ」というもので、これはまるで「大勢の勢子が動物を狩るようなもの」と言えましょう。


仮にあなたはマーケットで買い物をしているとしましょう。


5人以上の集団で相互監視しつつ接近してくるイルミー構成員たちは、知らないうちにあなたを取り囲みます。


そしてそのうちの1人(襲撃者)が、あなたにトラブルを仕掛けてきます。


例えば、あなたは必死になって商品を見比べているとしましょう。


襲撃者はあなたと商品の間に、ほとんど隙間がないにも関わらず強引に身体を割り込ませてきます。


その失礼に怒ったあなたは、きっと文句を言うことでしょう。


すると、「あなたの方から先に働きかけられた」口実を得た襲撃者は急に勢いづき、逆切れしてあなたの怒りをさらにかきたてようとします。


哀れ、激昂して暴言・暴行の挙に及んでしまったあなたは、襲撃者によって警察に通報され、到着した警察官は渦中の二人を引き離して、それぞれから話を聴きます。


さらに警察官は、周囲にいた第三者から事件が実際のところどうであったか聞き取りを始めるのですが、警察官の少し遅い到着まで現場に残っていた買い物客たちは、全て襲撃者の仲間のイルミー構成員たちなのです。


チームのリーダーから刻々、携帯・スマホによる連絡を受けている彼らは、口裏を合わせて歪曲された事実を警察官に語ります。


つまり、相手をちょっと小突いただけのあなたはパンチを入れたことにさせられ、軽い嫌味を言ったあなたは差別用語を口にしたことにされることでしょう。


イルミーは集団でストーカーすると決めたターゲットは、何年でも追い続け、何度襲撃に失敗しても飽きることがありません。


何故なら、今や構成員が豊富な彼らは、毎回新しくストーカーチームを編成できるからです。


「相手の前に無数の石を置き続ければ、いつか相手はそのどれかにつまづいて転ぶ」というのが連中の発想です。

何度か警察沙汰にされたあなたは、市の保険関係の職員に面会するように求められます。


ここであなたは市職員に「不特定多数からつきまといの被害を受け続けている」と話すことでしょう。


これであなたは連中の罠に落ちました。


京都市において市役所は今やイルミーの巣と化しつつありますが、それはともかく、保険関係の市職員の間で「不特定多数の集団からの継続したつきまといの苦情を語る者は、被害妄想者である」というコンセンサスは出来上がっています。


そこであなたは、市職員から報告をうけた精神保健(措置入院)指定医と面会させられますが、この医師があなたの措置入院要否判断の全権を握っているのです。


そうです、措置入院とは植松容疑者のような明らかに異常な人間のためだけに用意されている措置ではないのです。


イルミーはどんな敵であれ、この構図の中に落とすことが出来ます。


こうした仕組みの構築とその進化を願うイルミー組織にとって、まさに相模原の障害者殺害事件は願ってもないものでした。


しかし、PRSの手法(問題‐反応‐解決)を駆使する彼らのことですから、これは仕掛けられたテロではないかとの検討が必要です。


当ブログは、検討を重ねた結果、そうに違いないとの確信を得て、その思考過程を世に問います。


相模原障害者殺害事件がイルミーの策動であると考える理由は以下の五つです。


一つ、植松容疑者の措置入院の要否について判断した精神科医の1人が、その資格を不正に取得した者であったこと。

二つ、措置入院先で、植松容疑者が大麻精神病であることは確定していたにもかかわらず、市職員も医師団もその事実を警察に知らせることなく、薬物依存矯正の措置も取らなかったこと。

三つ、植松容疑者のような筋金入りの薬物依存者が「衆院議長に手紙を書く」などという穿ったことを思いつくはずがないと思われること。安倍総理に手紙を書くなら可能性はあるが、その場合、無数に届けられる同類の手紙とともに破棄されてしまった可能性があること。つまり、捨てられない可能性が高い所に届けた点に、イルミーらしい熟慮が伺えること。

四つ、新聞各紙が、何度も記事を書きながら、植松容疑者の写真をイカれたように見える一種類しか掲載しなかったこと。また、衆院議長に出した手紙の全文掲載も通常あり得ないことであり、世論誘導の配慮が顕著であること。

五つ、2月18日「障害者を殺す」と発言し、19日警察で聴取を受けた植松容疑者が、「大量殺人は日本国の指示があればいつでも実行する」と発言したが、これほどの確信犯が指示を待っていることが奇異に思われること。(彼の言う日本国とはイルミー組織を指すのではという疑念)


この点を報じる新聞記事を紹介しましょう。

7月27日の京都新聞によると、(前略)市や県警によると、植松容疑者は2月18日、施設関係者に「障害者を殺すという趣旨の発言をし、津久井署が19日、事情聴取を実施。

この場でも「重度障害者の大量殺人は、日本国の指示があればいつでも実行する」と述べたため、市は精神保健福祉法に基づき措置入院を決め、植松容疑者は施設を退職した。

入院中の尿検査などで大麻の陽性反応が出たが、その後、症状が和らぎ、「当時はどうかしていた」と反省の言葉があったため、3月2日に退院。

市は「結果としてあってはならないことが起きた」と説明した。



さて、植松容疑者の中に障害者を差別し、侮蔑する思想が育っていたことに疑いはないでしょう。


しかし、何者かが彼を利用しようと思い立ち、被催眠の状態にして正常状態に戻れないように入墨を入れさせ、暗示を受けたらプログラムされた行動を実行するように仕組んだのならば、「神様の子供19人を刺殺した大罪の主犯は別にいる」と言うほかありません。


12月10日のNHKニュース7において、厚生労働省の編成した検討チーム座長の成城大学山本輝之教授が、措置入院解除後も患者はどの都道府県に移転しても強制的に支援を受け続けるように市役所・病院への連絡が徹底される仕組みの構築を宣言しました。


これなどは、措置入院対象者の人権に対する配慮を著しく欠く発言として注目されますが、イルミー組織の意図を代弁するような迅速な動きが、時代にさす暗い影のように思われてなりません。


これら厚労省の上級官僚や学者たちの中にこそ、相模原の事件の真の主犯が潜んでいるのではないでしょうか?


彼らは、何一つ罰せられていません。


それどころか、彼らをリーダーとして、未来社会の構築が進められているのです。

これは、日本民族と文明の危機ではありませんか?


いかんせん、措置入院型収容の恐ろしい点は、弁護士を立てて抗弁することが出来ない点です。


いかなる犯罪者であり、弁護士を立てて法廷で抗弁する権利が手厚く保護されていますが、措置入院検討者は「本人の利益のために警察が保護してあげている」のですから、闘争して争う権利がないと看做されます。


これぞ、偽善を武器とするイルミー組織の真骨頂であり、相手を簀巻きにして拷問が出来るのに、「相手のためを思って行動してあげている」と嘯くことが許されるのです。


そこで、私たちは新聞各紙によって刷り込まれた野球帽をかぶった植松容疑者のイカれた写真(Seesaa社 日吉圭のブログ参照)にこれ以上惑わされてはなりません。


本当にあの顔をしているのは、厚労省の高級官僚たちであり、学者たちであるのですから。(hiyoshikei027)
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罪の意識なきストーカー集団に罪の自覚を促す(再掲)

2018/11/25 23:08
筆者を包囲する集団ストーカーの勢いは一向に衰えを見せません。筆者が彼らの存在に気づき始めたのは昨年(2014年)2月ですが、1年半経ってもその勢いがむしろ増しているのには閉口させられます。


病院やマーケットで執拗につきまとう彼らは、その同じ者が筆者の家の前にも出現して驚かされますが、奥まった場所にある我が家前の2メートル道路を彼らが偶然歩くはずもなく、仮に歩いたとしてもそのタイミングがめったに外出しない筆者の出発や帰宅の時間にちょうど重なるはずもありません。


しかし、それにしても、のんべんだらりとした脅迫です。


彼らは筆者に出会ってもただ黙々と通り過ぎていくだけで、変顔をしたり舌を出したりするのはその中のほんの少数です。


マーケットでも、昨年2月来、筆者の次にレジに並んできた者がストーカーでなかったことなど皆無ですが、彼らは買った商品をじろじろと覗きはするもののそれ以上のことはしません。


つまり、筆者に対して本名を言い当てたり、日吉圭だと指摘することもなく、憎しみの言を吐くこともないのです。


また、彼らが筆者のそれを待ち続けているように、筆者も彼らの暴言・暴行を警察に通報せんとして待っていますが、連中はいつも冷静で自制心があり、決して一線を踏み越えることはありません。


さて、このように百年一日の如き淡々としたストーカーならば、その中には自分たちの蛮行を恥じて筆者に対して「ご迷惑をかけて申し訳ない」とそっと謝る者がいてもよいと思われます。


もちろん、その者が所属組織を明かす筈もなく、何故つけ狙うのかその訳を話す筈もないと思われますが、漫然と嫌がらせの気分で集合しているだけの団体ならば、大勢いる中にはそのような者がいてもよいと思われるのです。


それが、情を有する人間というものではありませんか?


ところが、1年半経ってもそのような言を発するストーカーがただの一人も存在しなかったという事実が、あることを教えてくれています。


それは、彼らは漫然と筆者につき従って嫌がらせをしている人々ではないということです。


言い換えると、筆者に対する連中のありとあらゆるストーカー行為は、どこで何をするかから何を喋るかまで、すべてあらかじめ計画され、個々のストーカーはその筋書きに従って整斉と寸劇を実行しているということです。


なんということでしょう。これでは、筆者がいかに心を開こうとも、彼らと心のこもった会話をすることなど不可能です。


仮に、筆者と筋書きにない四方山話をして余計な時間を浪費したストーカーがいたとするなら、彼または彼女は、他のストーカーにその会話の内容を立ち聞きされて報告され、何故そのような会話をなす必要があったのか後で詰問されることでしょう。


ということは、集団ストーカーとは決して烏合の衆などではなく、整斉と一つの目的を実現するために動く軍隊なのです。


当然、軍隊の中には序列があり、誰が襲撃役になって誰が見届け役になるのか、Aの事態が起きたら誰が動き、Bの事態が起きたら誰が動くか、詳細な役割分担があるということです。


ああ、これでは千年待っても、心開いてくれる組織員が出現するはずもありません。


かくして、集団ストーカーはお互いを集団監視することで、裏切り者が出現することを厳然と防止しているとも言えます。


でも、これでは、一旦イルミー組織員に身を堕した者は、何と窮屈な人生を送ることを強いられることでしょう。


「日吉圭が、今日はどこどこのマーケットに買い物に出たぞ」と情報が伝わったら、その日の出動部隊に指名されていた者は、何はさておき命じられた場所に赴かねばならないのです。


そして、持病を抱える筆者のその日の体調に従って、途中で長い休憩をとったとしても、彼または彼女は、苦虫を噛み潰して筆者の到着を待たねばならないのです。


何とけなげなことでしょう。そして、何と哀れなことでしょう。


それにしても、一体、この馬鹿馬鹿しい集団に、その馬鹿げた行為を遂行する何の正義があるというのでしょう?


まともな日本人なら、どこぞの馬の骨を苦しめるために、「2時にフレスコ堀川店に行け」と言われても、「寝言を言うな」と取り合わないに違いありません。


では、イルミーの連中は、何故整斉と命令に従うのでしょうか?


一つ言えることは、「彼らはもはや私たちが知っている日本人とは異質の存在である」ということです。


連中は極めて独裁制に馴染んでおり、その彼らのとって当たり前の秩序を、日本全体の秩序に敷衍しようと努力しています。


つまり、彼らは「異民族」という言葉でしか把握できない存在なのであり、日本人同士のまあまあの馴れ合いが通じない相手なのです。


連中はイルミーとそうでない者を峻別しており、そうでない者に対して一片の同情も有してはいません。


ところで今、世の中は集団的自衛権の論議で揺れていますが、正直なところ、その喧騒が下らなく思われます。


日本において民主主義体制はもはや風前の灯であり、社会にはイルミー独裁体制の風が吹き始めています。


筆者は、その最前線の戦いに日々我が身を晒しており、毎日敵の顔を見ているのです。


戦争状態などは筆者にとって毎日のことであり、間の抜けたことをいう人が不思議に思えます。


そして、日本民族を敵とみなすイルミーによる占領作戦は、もう仕上げの段階に達していますが、占領されてしまったらその後には何が来るかあなたには見えませんか?


その時、安全保障法案が存在していようがいまいが、大きな違いはないでしょう。


異民族部隊は、明確な殺意を持って、機械のような正確さで活動しています。


そして、滅びの流れの中に身を置きつつ、死ぬまで成功人生の夢を見たい日本人は、整斉と連中の軍隊に参加して、最高に愚劣な生を送っています。


はてさて、かつての被差別者の船に乗って、順風満帆の気分でいるそれら日本人たちの、何と極楽トンボな愚かさでしょう。


それにしても、母校京都大学を敬愛していた筆者の心は、イルミーのI教授とその命に従ったS助手の存在で大きく傷つけられました。


筆者の心の中で、聖なる学問の府は、ちんけな毒園へと姿を変えました。そのことのなんと悲しいことでしょう。


この筆者の怒り・悲しみに対して、日々、反撃が加えられています。


それが、集団ストーカーです。


集団ストーカーの中にかつて筆者もそうであった京大の生物系学生を見かける頻度は高いですが、では彼らはある将来ある科学者にこっそり毒を飲ませて働けなくしてしまったI教授やS助手の罪を背負う覚悟があるのでしょうか?


イルミーという組織に共に属し、その大を誇るということは、その過去にメンバーが犯した罪もすべて共有するということです。彼らはそのことが分かっているのでしょうか?


また、ストーカー集団の約7割を占めるのは在日朝鮮人ですが、彼らもまたI教授やS助手の犯した罪を共有する自覚があるのでしょうか?


浅ましき性の人間は、誰も彼も金が欲しいからイルミー組織に所属し、制裁が怖いからその命令に服し、弱者をいたぶる強者の快感は魅力的なのでそれに浸り、日々自分が犯している業とは直接向き合わないように自分をコントロールしています。


だが、そんな都合のよいことを、神は許さないでしょう。


ところで、イルミーの若者には悪ずれした救いがたい奴が多くいますが、すべてそういう奴ばかりという訳ではありません。


中には無邪気なまだ穢れていない若者も多くいます。


イルミーという巨悪はいずれすべて裁かれねばなりません。


しかし、当面は、まだ救える若者を、連中の毒手から守ることが大切です。


我々は、イルミーという異民族部隊を、日本民族とは全く異質のものとして認識し、その存在を心から恐れねばなりません。


もちろん、彼らに一片の情けも必要ありません。


けれども、その中核をなしている在日朝鮮人部隊を、異質な存在として毛嫌いするのではなく、「それらの若者をカルト的な結社から保護する」という大人の視点を持とうではありませんか。


例えば、イスラム国にかぶれた青年を、その愚かな思考からそっと解き放つように。


彼らは、もしイルミーの毒から守ってやれるなら、未来の日本建設に積極的に参画することが期待できる有力な人材でしょう。


ここは日本であり、彼らの誤った秩序が貫ける土地ではありません。


イルミー組織から、どの民族であるかを問わず、若者を保護しなければなりません。(hiyoshikei020)
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カルトの蔓延と消えゆく日本文化(再掲)

2018/11/22 15:19
筆者はかつてOCN社のアマがえるブログで「今日本はかつての元寇に匹敵する国難の時である」と説きましたが、何の反響もありませんでした。


筆者は、やたら過激な言を吐いて世を惑わせているつまらない奴なのでしょうか?


これまで秘密結社「イルミー」の世界的な繁茂を説き、それが人間社会に及ぼす害悪を様々な角度から検討してきました。


そして、日本においてもその組織が爆発的に増殖しているので、人々がまずその現実を直視しなければならないことを説きました。


ですが、今や力抜けて吐くべき言葉も失い、ただ空虚な無力感にのみ支配されています。


筆者が力を込めた警世の文章を発表してから、もう6年(当時、今や9年)が過ぎ去ったのです。


いくらイルミーがネット技術を駆使してブログの閲覧を妨害していると言っても、さすがにこれだけ時間が経てば目にした人も多いでしょうから、全く反響がないということは「こうした問題を真剣に取り上げないのが日本人の態度である」と判断せざるを得ません。


かつての元寇は分かりやすいものでした。


鎧で身を固めた外国人が大船団を擁して日本海を渡ってきたのです。彼らを放置したらどうなるかは、誰の目にも明らかでした。


また、彼らは一斉に大挙してやって来たために、神風も吹くことができました。


しかし、元寇に匹敵する現在の国難は、ほとんどの日本人に気づかれることなく静かに多面的に進行しています。


そして、日本人を敵とみなし、その富をこっそり奪ってやろうと日本人を憎み続けているイルミー構成員の多くは、既に日本国籍を保有しているのです。


いや、この侵略に気づいている日本人も少なからずいます。


彼らはエリート層であり、在日外国人を本体とするイルミーに加入することで、出世と安定が保証された人々です。


彼らがこのカラクリを口外しないのは、イルミー組織に対する裏切りは身の破滅を意味することを知っているからです。


それにしても、彼らの何と哀れなことでしょう。


彼らは日本人を憎む徒党の大船に揺られつつ、未来永劫日本社会のエリートであり続けられる夢を見ています。


いやはや、ただ嘲られ利用されているだけだと言うのに、何と頭の悪い連中でしょう。いや、彼らは洗脳されているので、冷静に思考することすらできないのでしょう。


それにしても、戦後70年経ち、我々はイルミーに属する者たちを差別なく受け入れているというのに、彼らの方は自他を峻別し、自分たちの仲間だけで利益を分配しています。


イルミーに属していない者の足をあらゆる卑劣な手段を使って陰からこっそり引っ張り、得られた権力を伴う地位は仲間にしか渡さず、無垢の日本人を理由なく苦しめて罪の意識すらありません。


そうなってしまう原因は、日本人であれ在日外国人であれ、イルミーという集団は主に催眠や洗脳という紐帯で繋がっているカルト集団だからなのでしょう。


その上、多くの洗脳された構成員を含む人間集団の内部では、強力な集団催眠が発生します。


同属愛に溢れるその空気に身を浸すことは快感なので、浅薄なエゴイズムで凝り固まっている組織の非を鳴らして、意識改革を実行しようとする者が現れてこないのでしょう。


とは言っても、カルト集団のこの排他性と自己修正機能の欠失は絶対に看過できないものです。


民主主義社会は、自由に思考できるその構成員が、その高い人間性を充足させるに足る最高の社会を不断に希求し、現状に改良を加え続けるという前提で維持されています。であるのに、カルト集団はその意識を国全体に拡大することがなく、日本人全体の生活環境を向上させる共同作業に参画する意思がありません。


ということは、彼らは民主主義社会が予定する形で、その政治に参加していないということです。



そして、今や日本人集団内で存在比率を高めた彼らは、秘密組織が命じる特定の候補者にのみ盲目的に投票する形でその参政権を行使しています。


これは大変なことです。


カルト集団が比較的害の少ないもの、つまり弱い催眠を紐帯としている宗教教団のようなものだったら、個々の構成員がまだ理性を失っていない分だけ、その影響は軽微なものでしょう。


しかし、筆者が今や大繁茂していると主張している秘密結社「イルミー」の場合、その全ての構成員の理性的思考は麻痺しているのです。


このことは、筆者にまとわりついている集団ストーカーを観察することでも結論できます。


彼らは、5年生存率が20パーセントしかない末期的な心臓病患者に集団でリンチを加えて恥じるところがありません。彼らは、ターゲットの病がさらに重くなるように、辻辻で飛び出してきて驚かせ、病院の正門前で待ち伏せして喧嘩を吹っかけ、心臓発作を誘っています。


いかに荒んだ人間集団、仮にやくざであっても、これほど破廉恥で人倫外れた行いを集団全体で遂行することには嫌気がさし、子供じみた行いをやめるよう誰かが進言することでしょう。


しかし、イルミーは何千人いようとも、ただの一人もターゲットに同情する者はおらず、黙々と襲撃行為を続けるのみです。


そして、この人間狩りゲームに従事しているのは、彼らの老若男女すべてであり、特に若い男性と中年女性が、まるで取り付かれたように、日々精力的に襲撃活動に没頭しています。


何と気色の悪いことでしょう。


何処であれ、筆者を見つけるとゆるゆると近寄ってくる生気のない彼らは、まるでゾンビです。


その表情に怒りの色は見受けられません。つまり、「こんちきしょう」とターゲットを憎んで近寄ってくる者は稀で、多くはまるで檻にバナナを投げ入れられた動物園のゴリラのように、ゆっくりと着実にターゲットを目指して近寄ってくるのです。


また、まともな感情を持つ人間集団なら、1ヵ月も人間狩りを続けて成果がでなければ、諦めてやる気を喪失することでしょう。けれども、ストーカーたちは、組織に対してもターゲットに対しても熱くなることはなく、黙々と任務を遂行し続けるだけです。


それは彼らが集団としての理性を欠いていることの証明でしょう。


また、筆者はこの1年間、機会あらば積極的にストーカーと会話してきましたが、心開く者は一人もなく、ただ機械的な応対を得たのみでした。

恐らく、組織から命じられている強力なプロトコルが存在し、それを誰一人逸脱できないのでしょう。


この無機質なゾンビたちが、日本社会において日々その影響力を増しています。


ならば、彼らが制圧した未来の日本社会において、我々の民主主義はどのようなものになるのでしょうか?


極めて排他的で組織外の人間を認めない彼らが牛耳る社会において、イルミーと無関係な一般的な日本人の人権はどうなってしまうのでしょう?


これは考えるも愚かなことです。


独善的で排他的な軍隊組織が中央権力を掌握した後も存続し続けられる民主主義というものはありません。


つまり、連中が真に権力を握ったら、日本の民主主義時代は終わりを告げ、イルミーだけが僭主となって富を独占する共産主義時代が始まるのです。


つまり、かつてのソビエト連邦のように、国民党政権が倒れて共産主義政権が誕生した第二次大戦後の中国のように、この日本国も実質的な独裁体制に移行するということです。


これを言い換えると、「日本の実権をイルミーが握る」ということは「事実上の革命が起きる」ことと同じです。


かつて筆者はイルミー勢力の台頭を評して、赤バッタ(軍隊イナゴ)のようだと説きました。


大陸の草原で大繁殖したイナゴは、緑の体色を赤く変じて、一匹の大王イナゴに導かれるままに、土地から土地へと移動する大群となります。そして、行く先々の植生を壊滅させて、そこを荒野に変えていきます。


その記事をブログに書いた時は、まだ「アラブの春」と称される一連の事件は起きていませんでした。


ところが、その後、中東諸国で同時多発的に起きた民主化革命は、リビア、チュニジア、エジプト等の政権を転覆させ、指導者の首をすげ替えました。シリアでは内戦が勃発しました。


これこそが、中東諸国における、「民主化」なる偽善の仮面をかぶった、同時多発的イルミー革命なのであり、行く先々の国々に破滅的な無秩序をもたらす赤バッタの大移動がついに起きたということなのです。


さらに時代の針は進み、ウクライナ政権はロシアと決別し、クリミア半島の領有をめぐって内戦状態に入りました。そして、ルーブル通貨は暴落しました。この土地では、いつ大火が生じるのでしょうか?


筆者がこのブログで、集団ストーカーの実情を詳しく伝える記事を書くのは、筆者が直接目撃したイルミー軍隊の規模とその錬度を、読者に正しく伝えるためです。


筆者は、日々彼らの数を精査してきましたが、恐らく昨年2月から年末までの間に、筆者を陥れる目的で、異なる3000人以上のイルミーが動員されたとみています。


「京都にいるただ文章を書いているだけの貧乏人を封じる」という些細な目的ですら、連中は少なく見積もって3000人以上を動員できる力があるのです。


これがどれほど恐ろしいことなのか、真剣に考慮してみてください。


筆者はかねてより、一般人に対するイルミーの比率を百対一と称してきましたが、その真の存在比率は五十対一以上ではないかと恐怖しています。


強調したいのは、一般的な日本人にとってかくも凶悪な大勢力が、未だその存在を秘することに成功しているということです。


彼らはまるで体内で癌が進行するがごとく、我々の生活・文化を蝕んでいます。


そして、この京都で彼らがその攻撃を限られた人間に集中できているらしいということは、向こうは戦争を遂行しているつもりなのに、それに気づいて危機意識を持っている日本人はほとんどいないことを意味しています。(hiyoshikei008)
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